(やるせなさげに)オーレ・オーレマツケンサンバー

時に人は勝てないと分かっていても戦わねばならぬ時がある。しかし戦わなくてもよい時に戦うときもある。なんの格言でもない。これはただ出来事を書き記すだけ。
仕事でブラジル人の男の人と一緒になった。日系三世との事だが、外見的には全くジャパニーズの香りがしない。ヨーロッパ風の人相ながら話す言葉は関西弁。名刺(写真入り)を見せながら「ネームカードをチェンジね」「関西弁とポルトガルバイリンガル」「サッカーはあまり好きではない」などと、私としてはあまり好ましくない冗談を連発。インチキっぽい雰囲気満載の戦車のようだ。街でよく声をかけられて困るなどとの話題を振られ、私は「はい、そういうことってありますよね」とフレンドリーさを強調しながらそれらの話題をはね除け「今回の筋はですね…」と仕事の説明しようとするが、すぐに彼が話したい話題に移ってしまう。自分の会話能力の低さを反省しながら、ちょっと彼がスッキリとするまで話を聞いてからにしようと方針転換。昔に飛ばし読みしたデイベートの本に「旗色が悪い時は一度相手の話に耳を傾けるという姿勢を見せる方法もある」と書いてあったのを思いだした。
車のバッテリーや魚のフライ、チリソースの話に耳を傾ける。気持ちを切り替えたらそうつまらない話でもないような気になってくる。インチキ万歳。文化の違いについての生きた情報である。
どういう流れでそうなったのか分からないのだが、彼が「マツケンサンバってサンバじゃないよね」と話し始めた。すると不思議なことに私はマツケン擁護派になってしまった。
私は唐突に口にしてしまう。
「あれは…サンバじゃなくって『マツケンサンバ』ですから」
なにを言っているのか自分でもよく分からない。そもそも私は「マツケンサンバ」をほとんど知らない。まともに通しで観たのは紅白歌合戦を録画した物を一回だけといっていい。
「ブラジル人がアレを見たら笑いますよ。分かるでしょう」そう彼はちょっと小馬鹿にしたように笑った。なぜか私の中の日本人が元気になってくる。コイツはマツケンサンバが分かっていない…
「あれは…日本人もあれを笑ってるんですよ。サンバの豪華さの中で踊るおじさん、それだけでコントみたいだと思うんじゃないかな。それに変な殿様メイクをしてカツラをかぶっているでしょう。みんな彼の髪が薄いのを知っているから、それで笑ったりもすると思う」
ブラジル人はちょっと意外に感じたようだ。私もそんな理由で人気が出たとは聞いたことがない。「ふぅん。そうなのカー」と肯いているのをいいことに、私は調子に乗ってしまった。
「それに、あのマツケンサンバをアレンジしている人は、サルみたいな顔をした、スカートはいたオッチャンですよ」「ドイツのラブパレードに似たような雰囲気でいいな」「ほぼ全部の幼稚園のプログラムに取り入れられているらしい」「ゲイやレズビアンなどに対するメッセージがあまり大っぴらではない形で込められているらしい」「赤ちゃんに心地よいリズムじゃないか」連発しながらも、全てを推測や伝聞にすることに成功した。そのあたりはぬかりない。結局一時間かけて話し合った内容は「白いブラジリアンはアメリカ人に間違えられやすい」「マツケンサンバは日本独特の文化だ」「醤油はアメリカ産のが意外に物が良かったりする」ぐらいしかなかったが、私はなぜかみなぎる充実感を覚えていました。