ボーイ・フロム・海亀タウン

病院に通院していると、診察してもらうまでの待機時間がけっこう長く、時間をつぶすのに苦労します。本を読む気分じゃないな…というような時があり、病院でよく見かける、背もたれが低く、イス同士が背中合わせになっているものに浅く腰掛け、周りをドロンとした目で見渡していると、私と同じ気分でいそうな男の子を発見しました。汚れたリュックサックのジッパー部分の掃除を無駄に熱心にやっています。ひまつぶしというフリガナをつけたくなるような姿でした。
「待ち時間、結構あるん?」自然な感じになるように気をつけながら、私がそう声をかけると、不審がらずにニコッと笑いながら「ぜんぜんわからへん。11時までには診てもらえると思うけど」と答えてくれました。
彼の特徴は明らかに素人がバリカンで刈ったことがわかる髪形で、もみあげと後頭部がかなり刈り込まれていました。触ったら気持ちよさそうな芝生頭で、足が一本なかったので義足をつけていました*1。中学生だそうです。
待ち時間が予約した/しないに関わらず、やたらと待たせるこの病院のこの科は完全紹介制となっています。西日本全域からやってくる患者さんとは「どちらから?」と言葉を交わすのが知り合いになる糸口となっています。それにならい、彼と出身地の話をはじめたのですが、彼はいきなりなんの説明もなく「俺、ひわさから来た」と話しはじめました。私が*2「ひわさ?」と聞き返すと、ちょっと挑発するような表情で「ひ・わ・さ。知らんの?毎年ニュースでやるよ」と、私の地理(というか常識)を試してきます。私も大人。簡単に白旗を揚げるわけにはいきません。「近くになにがある?」とヒントを求めても、「カレッタ」とわけのわからない単語を答えてニヤニヤ。「近くにある店は?」「コンビニ、ポプラ」などと、さっぱり的をえない会話にしかなりません。途中でこのクイズを私が答えられなかったら売店でアイスかチョコ棒を買ってやるという事になっていたのでクズみたいなヒントしか出てきませんでした。
私は諦め、「もう降参。どこか教えてよ」と負けを認め*3、少年に生まれ育った町のことを聞きました。「大阪でやっとるニュースでも、この前八年ぶりにひわさに帰ってきた亀の事やってたのに…」と不満顔。正直そんなローカルな町知らないよと思ったのですが、彼がポツポツと話しはじめると、見たこともない町の情景が、急に色づきだしたように感じられました。
町の特徴をまとめると、

  • かいふ郡にある
  • ニュースでやるのは海亀の産卵と放流、小学生の頃は放流に行った
  • 海がきれいで、友達のごっちんがいる(ゲームを貸してくれる)
  • おじいちゃんの家まで五分(おじいちゃんがおこづかいくれる)
  • 家から海までも五分
  • カレッタは有名
  • 魚がおいしい
  • いつか帰りたい

私にとってごっちんとおじいちゃんは関係ありませんが、なにかのついでにぜひ訪れてみたい*4場所がひとつ加わりました。

十時くらいから話を始め、二人とも診察*5が終わったのが一時ぐらいでした。私をひんやりとした待合室で待っていた少年はニヤニヤしながら「逃げたかと思った」と近づいてきて、手を引き売店へと連行しました。少年の母親はどうしているのか聞くと「俺にも、プライバシーが必要やからな」と生意気な言葉を吐いていました。アイスを買ってあげると、なにかお返しをしなければと思ったのか、「よかったらパン食べる?」とリュックの中から半分残った菓子パンを勧めてきたり、「足の付け根見せたろか」と気の効かない申し出などをしてくれました(きっぱりと断った)。名前も聞かなかった少年と別れ際に交わした言葉はちょっといい感じ。
私が「本当に時間かかったなぁ。時間つぶれたでありがとう」と言うと、
「ええで、気にすんな。病院でなぁ、待ち時間がなくてすっと診てもらえるようになったら終わりが近いで。ひわさ覚えてよかったな。大人なんやで常識や」
バイバイ。早く帰れるといいね。

*1:席を立つときに判明

*2:会話のやりかたがわかってないなあチミとばかりに

*3:毅然とした態度で負けた

*4:メインにすると鉄板で後悔しそう

*5:検査も含む