ほしをみるひと/half dead

(前置きとして)
場所は呼吸器関連の専門医がいる病院。私は通院しながら、肺の中にできたいろんなものをさわやかにやっつけ中。

気持ちがいっぱいいっぱいになったり、目が悪くなったときには夜空を見上げ、星を見るとよいといいます。そうすると気持ちがほぐれ、視力も回復します。いいことずくめ。
病院での検査が長引き、午後八時すぎまでかかることになりました。私は病院で知り合ったおじさん*1と、私を車で迎えに来てくれた友人と話しながら、のんびり過ごしていました。そこは談話室だったのですが、気さくな感じで、おじさんが私たちを屋上に誘いました。「結構景色がええで、あんたらもちょっと外の空気吸いにいこや」と。
断る理由も取り立ててなかったので*2おじさんについてに屋上へと上がりました。おじさんは沈み行く太陽に軽く手を合わせ(宗教?)てから、屋上の中央部にある給水等へと、太った猫のような姿勢で小走りで向かいました。私と友人がいぶかしげにそれを眺めていると、給水等の台座の隙間から、おじさんはクシャクシャになったフロンティアライト・メンソールを取り出し、めっちゃ笑顔で私達にすすめてきました。「これ、軽いから体にそんなに害ないよ」と。おじさんの吸いたいのは外の空気じゃなくって、ニコチンじゃん。病院の中ということもあり、私達は断り、看護士さんや医者には一発でニコチンのにおいがばれるよと指摘してあげました*3。あと、いくつかの抗がん剤*4を使っている人はどういう効果なのかはわかりませんが、異常に鼻がきくようになります*5。その治療中の人たちがタバコのにおいを嗅いでウェップウェップ吐きそうになったらかわいそうじゃないかとも。
その言葉にも笑って取り合わず、おじさんは涼しげな顔でタバコに火をつけましたが、肺胞も気管もボロッボロだから、ゲフゲフ言って、結局ほとんど吸えずにグロッキー状態になってへたりこんでしまいました*6
私は、おじさんの治療経過をそれまでのに交わした会話の中で聞き、おじさんの体がもうよくなることはないと分かっていました*7。それなので「こんな目にあっても、これが好きでさぁ、これに殺されるようなもんなのに、やめられなくってぇ。怒られるで、秘密にしといてんか」と子どもみたいに笑って頼むおじさんを責める気持ちはまったくありません。ここまでの文章だと、体がボロボロになっても中毒状態から逃れられないおじさんのかなしい話ですが、違います。屋上から見える景色は、とてもきれいな夜景で、おじさんは、それほど不幸そうには見えません。

友人(なんとなくおじさんの病状を理解してる)が、ちょっとうれしそうな顔で、私達に話を振ってきました。
「あのさぁ、あそこにさぁ、北斗七星ってあるやん?分かる?」
私とおじさんは、その言葉に導かれるまま、二人して顔を空にポケッと向けました。おじさんは星座になじみがないのか「どれ?星は見えるけど…」とキョロキョロしていました。すると友人は「あれだよ、あれ、ひしゃくみたいな形をしている、あのあたりから七つつながっているヤツだよ」「ほうかほうか。見える見える。ちょっと光が薄いけど」

友人「ひしゃくの形のさぁ…持ち手のあたりにさぁ、青っぽく光っている星が見えるやんか…」

その時、友人の顔を見ると、おじさんと肩を寄せ合い、「たぶん、あのあたりにさ…」と話をしています。友人が見えること前提に話をしているのは、たぶん北斗の拳に出てくる「死兆星」です…やめろよとジェスチャーで伝えるも、笑っていいからいいからと手ぶりでメッセージ。しかも、おじさんは「あぁ…見えるよ…薄くってきれいな色のヤツやろ…」
その言葉を聞いて、形容詞ではなく、頭の中で「ボガン!」という音が鳴ったような衝撃を受けました。おじさんには見えているんだ。死兆星が!
私はちょっと手が震えました。漫画で作った適当な設定じゃなかったんだ…

友人の顔も青ざめてゆきました。「風邪でもひいたら事だから、早く中に入ろう」と私達に声をかけ、足早にそそくさと談話室に向かい、丁度そのタイミングで私が呼ばれたので、私は一人で結果を聞きに行き、友人に車で送ってもらいました。友人とはあまり会話が弾まなかったです(星の話は一切せず)。私は死兆星を見ようとしませんでした。見えたらどうしていいか分からなかったので。荒唐無稽な作り話であったはずのものが現実になる。まるでスティーブン・キングの小説の中での出来事のようです。


目の良い人ならば誰でも死兆星を見ることができる

後記:最近、これほどほっとした気持ちになった事はありませんでした。グーグルで検索してもわからなかった*8死兆星の真の情報が、はてなキーワードでわかるなんて。ありがとう、キーワード!
でも、キツめの冗談*9が、冗談ですまされなくなる瞬間の見極めの難しさを感じました。死が周りをふよふよしているときには注意が必要です。だって、いまオヒョイ(藤村俊二)さん*10が「ああ、死んじゃうやぁ」「物忘れがねぇ」と言っても笑えるけれど、今の森繁久彌さんが「あぁ、ボケちゃったなぁ」と口にしても、かなり身近の人でも「ギリギリかな?これは笑わないとな…」と渋い顔で苦笑いになるようなものかな(たとえ話自体がわかりづらくてすみません)



漫画「北斗の拳」で、北斗七星の傍らに輝くといわれている蒼い星。
この星が見えると、その人の死期が近いという。
■ 実際の「死兆星
実は実際の北斗七星にも「死兆星」は存在する。
北斗七星のひしゃくの柄の部分から2番目にあるMizarは、肉眼で確認できる二重星で、隣にAlcorと呼ばれる星を従えている。従って、目の良い人ならば誰でも死兆星を見ることができる。別に見えたからといって死ぬことはないのである。
なお、古代アラビアでは、兵士の視力検査にAlcorが使われていたという。

*1:長期入院中

*2:呼び出し用のポケベルのようなものを持たされ、検査が終わったら連絡してもらえるシステム

*3:リアルに怒られる

*4:特にシスプラチン?

*5:妊婦さんがなるように

*6:目の前がチカッ、チカッとする!とコメント

*7:積極でも、緩和でもない中途半端な治療

*8:家に帰ってから、死兆星についての情報を収集していたけれど、不調に終わった

*9:笑ってなんとかやりすごすために言うブラックジョーク

*10:(オヒョイさん公式サイト)http://www.ohyoi.co.jp/ (なぞのポエム)http://www.ohyoi.co.jp/winpop/travel_bag.html