あほな/愛すべき犬

とまらないスピード


自分の飼っている犬ではないのですが、親しい友達の家に飼われているすてきな犬がいます。あまり利口ではない犬なのですが、その犬のことを考えると、心の底がちょっぴり暖かくなるので、だれかにおすそ分けしたいと思ってここに記します。

犬の名誉について配慮するわけではありませんが、失礼なことも書くので、仮に「シロー」という仮名にします。そのシローは、簡単にいうと、ちょっとあほなのです。

最初に飼われたご主人にかわいがられなかったのか、二代目の飼い主(私の優しい友人が引き取りました)にもあまり心を開かないシロー。水を極端に恐れ、シャンプーなどとんでもないという風情で暴れ、伸びてしまった爪で引っかかれるので、いつも獣くさいにおいをしています。そして、いやな思い出があるのか(トラウマがあるのか、黙して語らず)犬小屋の中には決して入ろうとはしません。犬小屋につけられた表札の文字が雨にぬれても、プルプルと震えながら鳴くシロー。家の中に入れてくれと切ない大きな声で鳴き続けます。

シローは人間を信用していません。定期的に脱走を繰り返し、「ここではないどこかへ」向かって走り出します。友達の家は非常に交通量の多い国道のそばにあり、いつか轢かれるのではないかと心配して、普段まったくすばやい動きをしない友達が、シローの行きそうなところにあたりをつけ、目にも留まらないスピードで走り回るのですが、連れ戻してきた話は聞いた覚えがありません。
一度、シロー大脱走の巻に遭遇したことがあります。寒い冬、友達のお姉さんからシロー失踪の通報を受け、捜索隊出動。遠くで飼い犬が威嚇して吠えている声が聞こえ、あのあたりにいるとあたりをつけ、二手に分けて接近。
シロー捜索隊(友達)がシローを発見して、さりげない風を装って、お菓子を持って近づきます。シローは約二メートルぐらいの距離を取ったまま、友達の魔の手から逃れようと、さかんにフェイントをしかけ、それを逃すまいと中腰でフットワーク軽くシローに接近する友達。私はシロー捜索隊の一員*1として参加しているにもかかわらず、鉄板で友達はシローに逃げられることがわかっていたので、笑ってはいけないと思いながらも、中腰でお尻をちょっと突き出した友達の姿を見て、胸がいっぱいになりました。その時も予想通りに逃げられ、いつものように夜半過ぎに疲れて帰ってきたシローは庭でちんまり涼しい顔で座っていました。

瞬発力とは

どれだけ食べても太ることがないシロー。いつもあばら骨が目立つその締まったボディを眺めると、私の友達はうれしそうに目を細めます。「こいつの瞬発力はすごい」と。主に脱走の際のダッシュ、散歩のときに全力で引っ張るといった部分にしか活用されないのが非常にもったいない気もします。
そのダッシュ力を一番発揮するのが散歩の時です。引っ張り癖のあるシローを矯正するために、引っ張ると首のところにある鎖が締まり、息が苦しくなるリードを導入したことがあります。まるで獰猛な犬につけるようなスパルタン*2な鎖。引っ張ると締まるので、自然とシローも引っ張り力を緩めるでしょう。朝の散歩は、友達の小さな母親が主に行っているので、もしなにかあったら大変だから、矯正してやらないと……

新しい「締まる」鎖*3をつけて散歩に出かけたシロー。いつもと同じようにダッシュです。ダッシュすると首が絞まる。不思議そうに振り向くシロー。気を取り直してダッシュ。締まる鎖。不思議そうなシロー。ダッシュするシロー。ダッシュするシロー。ダッシュするシロー。もうろうとするシロー。不思議そうなシロー。ダッシュするシロー。もうろうとするシロー。シロー停止。シロー停止。道路に横たわるシロー。道路に横たわるシロー。道路に横たわるシロー。おい、シロー、大丈夫か?シロー!
息はしているものの、口をだらしなく開けて虚空を見つめるシロー。何が起こったかわかっていない様子……これは危ない。いつか矯正はできるかもしれないけれど、きっとそれはシローが息をするのをやめる時と同じじゃないだろうか……
フラっと立ち上がったシローは、頭を一度ブルンブルンと振って、何事もなかったようにダッシュを始めました。締まる鎖。不思議そうなシロー……

命と引っ張り癖を秤にかけると、やっぱり命の方が大事ですよね。





朝早くと夕方に大きい声で鳴いて、脱走癖があって引っ張り癖つき。それだけだったら、なんやただのアホな犬のようですが、たいして馴れてくれない(そのうえ自分を絶対的に上位と見てる)のに、驚くほど愛らしいのです。甘え方を知らない、ちょっとはぐれ悪魔コンビっぽいすてきな犬のことを考えたり、シローのことを人に話すときに、心の奥があったかい、いい気持ちになります。その事を考えるとき、人の「好き」という心の働きの不思議さを思います。犬ってほんと、いいものですね


追記:シローは、結構年をとってから「ふせ」と「まて」を覚えました。かなり気持ちに余裕のあるときしかやってくれませんが、それでも大きな一歩です。意外と賢い一面も持っていることを書いておかないとと思い追記。

本当に犬の事を大事に考えるのならば、きちんとしつけをしてやることが一番良いのだけれども、すべての人がきちんと犬をしつけられるわけではありません。それだったら、ある程度「諦めて」接するという選択肢もあるのではないでしょうか。

*1:総数二名ですが

*2:なんとなく強そうでかっこいいスパルタンX風?

*3:こんな感じの、引っ張ると首が締まる鎖http://sio.holy.jp/dog/dog_04_04.htm