靴が落ちている


先日、仕事を通じて、ユリちゃんという人と知り合いました。その日が初対面でろくに話もしていないにもかかわらず、会話の流れで、なんとなく二人だけでご飯を一緒に食べることになりました。すこし気まずいマンツーマンです。私以外の、以前から彼女のことを知っている人は、年上年下にかかわらず、みんな彼女のことを「ユリちゃん」と親しげに呼んでいました。しかし、彼女は四十代半ばで3DCADを扱う仕事のマネージャーです。私が「ユリちゃん」と呼ぶのはすこしおかしな感じもする上、不要な地雷を軽快に踏むことがないようにと考えて「なんとお呼びしたらいいでしょうか」と訊ねると、彼女はにこやかに笑いながら「ユリちゃんと呼びなさい、それと、敬語を使うな」と平熱のトーンで答えてくれました。
聞こえてきたフランクな言葉とは裏腹な強烈な圧力を感じ、本気で無礼講にしたらやられるタイプだな……と考えながら「わかりました、ユリちゃん」と緊張しながら答え、彼女がオーダーした100%ハンバーグ(通称100バーグ)*1が来るまでの間、あまり共通の話題もないしな…と思いながら、せっかくの機会だからと3DCADについての話をしてもらっていました。*2そして鉄板の上で「ジュァァァァ」と音を立てる100バーグが到着しました。


どんな話の流れで道路の話になったのかは忘れたのですが、国道23号線の話になりました。国道23号線というのは自動車専用道路で、制限時速60km/h、一日中トラックがビュンビュン走る、大阪でいうと環状線のようなテンションが高い国道です。ユリちゃんは毎日、名古屋から桑名までその道路を使って通勤しているため、どこのあたりがいつも渋滞する、あそこのあたりで取締りをやる、ギロチン工場について詳しいことはいまだに分からないなどの、現場感覚の23号線トークをしながら、今までの通勤してきた中で、道路に存在するにはちょっと無理がある落し物をいくつか見た話をしてくれました。
下着*3、竹馬、生きた魚(たぶん保冷車かなにかの水槽が壊れたせいで)、直径一メートルぐらいのパイプ(事故現場)、ビニール製のボート(子ども用の空気を入れて膨らませるもの)、箱入りのきゅうり。道の真ん中にすごく大きなウンコ*4など。


「どうして落ちたのか、見てしまうと不安になるものがありますね、なにか嫌な事故があったのかと胸騒ぎがする服とか靴とか……」私がそう言うと、ユリちゃんは急に100バーグを口に運ぶ手を止めてから、「これは超能力とか虫の知らせとか宗教みたいな気持ち悪い話じゃないんやけど」と真顔になって話をしてくれました。


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一年ぐらい前、ユリちゃんがいつものように車で出勤している途中、国道23号線の下り、弥富を過ぎたあたりの中央分離帯のそばに、濃いオレンジと紺色の小さなスニーカーが落ちているの見かけ、子ども用の靴だったので、なんとなく事故とかじゃないといいなと一瞬思って、すぐに忘れてしまった。そしてお昼になって、同僚とご飯を食べながら、今日の朝、道路に小さな靴が落ちていたという話をしたんだけど、その場でも今日と同じように「なにか事故があったんじゃないかと不安に思うよね」というやり取りがあった。
帰りの道で、靴のことが引っかかっていたけれど、落ちていたのは逆側の車線で、夜だったので暗くて確かめることはできなかった。その夜、寝る前にもなんとなく靴のことを考えたけれど、モヤモヤしたまま分からなかった。

次の日、出勤中、弥富に差し掛かるあたりで、靴がまだ落ちているかどうか、昨日落ちていたはずの場所でかなり一生懸命に目で探した。そこにもう靴は見当たらなかった。真夜中に掃除する車がきれいにしたのかもしれないと思った。その日の午後に、ぼんやりとオレンジと紺色の靴がどうして引っかかったのかに気づく。


何年か前に結婚して退職した、仕事上だけでなく、プライベートでも気が合い、かわいがっていた後輩が滋賀に家を新築したということで呼んでもらい、(怖いからか)子どもによく泣かれる*5のに、めずらしく初対面でなついてくれた後輩の子どもは、買ってもらったばかりの小さな紐靴を家の中で履いていて、ニューバランスにはこんな小さな子ども用のものもあるんだなと感心した、あの靴と同じものだと。


後輩が滋賀県で暮らすようになってから、メールや電話のやり取りもなくなってしまった。どうしても気になって、変にモヤモヤするよりはいいし、これもきっかけかもしれないと連絡を取ったんだけれど、子どもの靴が道端に落ちていたからという不吉なことは言わずに、最近どうしているのという感じで話し始めたら、子どもが最近調子がよくないという話になり、すぐに命にかかわるということではないけれど、心臓の弁の作りがおかしいので、大きくなるまで慎重に経過を見ていかなければならないという話を聞いた。ユリちゃんの父親も似た心臓病を患い、地元の病院から大阪の扇町にある専門の病院に移り、そこで前の病院ではみつからなかった疾患が分かり、助かったという話をした。


それからすこし時間が経って、ユリちゃんの所に後輩から電話が入り、後輩の子どもの病気が良くなったという話をされる。ユリちゃんのお父さんが行った病院を*6紹介してもらって訪ね、早めの処置をしなかったら危険だったといわれ、あの時に電話をもらい話を聞かなかったらもしかしたら手遅れになっていたかもしれない、感謝しきれないと言う。そして先月、後輩から時間があったらぜひ遊びに来てくれと言われていたので、後輩の家が新築したとき以来で訪問。


そこで子どもが元気になってよかったよかったという話をして、子どもが元気になったからいいけれど、あの時電話をしたのは道路に転がっていたオレンジと紺のニューバランスがきっかけでね、気にかかっていて、次の日にようやく思い出して連絡したんだけど、不吉だったからその時は言わなかったけど…と言うと、後輩も後輩の旦那さんも23号線は使ったことがないし、そんな事もあるんだねと話は終わり、子どもが生まれたばっかりの時は、テンションが上がっているからすぐに履けなくなるのにあんなブランドの高い靴を履かせてしまっていた。もったいないから二人目ができたら、その子に履かせたらいいと思い、貧乏性だからあの靴だけはとっておいてあるよと、玄関に行き、その靴を出してきて見せてくれようと箱を靴箱の上から出して蓋を開けると、そこには片方しかなかった。


後輩もユリちゃんも「ないね、片方しか」「確かにないね」と言い合って、片方しかない靴を見た。気持ち悪いので靴の話は打ち止めにして、その晩、ユリちゃんはあの時の電話のお礼ということで近江牛を奢ってもらい、その値段以上のおもちゃを後輩の子どもに力いっぱい買ってあげ、お腹も気持ちも満足して家に帰ってきた。


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ユリちゃんが車道に落ちているものについて同僚と話をしていた場所は、ちょうど今、私たちが100バーグを食べているこの場所で、この席だったので思い出した。だからいきなり初対面でこんな話をしたんだけど引かないでね、これってデジャヴっていうやつ?と私に質問されたので、私はそれはよくわからない。でも、なんだか話がくるっと一回りした感じはしますねと答えて、お店を一時に出るつもりだったのに一時半ぐらいまで話し込んでしまっていたので、ユリちゃんに奢ってもらい、ありがとうございますと言って急いで店を出た。


駐車場で車に乗りこんで、私が「本当においしかったです、ごちそうさまでした」と言ったら、ユリちゃんは前を見ながら「確かにくるっと一回りしてる。でも教訓とか、ちょっといい話でもないね。なんだこのおさまりが悪い感じは」と困ったように言った。



すこし時間が経ち、この話を思い出しながら、私もとてもおさまりが悪い気持ちになっています。このなんともいえない感じを誰かに伝えるべく、すこし分かりづらい文章を書きました。虫の知らせとか、サインだとかいう言葉でない、しっくりとくる言葉で説明がつかないものかなと思っています。



あけましておめでとうございます。オチがなんにもなくてごめんなさい(うまいこと言った顔で)
今日の画像をタイトル画像に使いたい方はぜひどうぞ。私のパンクさ(言い換えるとそれまでの価値観をぶっ壊そうとする熱い姿勢)を表現しています。

ウキウキウオッチン

*1:私の「あっさりした、和風おろしバ……」という希望は「ここではこれがおいしいから100バーグだよ」と却下された

*2:自分の明るくない分野の技術的な話をしてもらうのが好きなので

*3:ブラジャーならまだ理解できるけれど、股の間が破られたストッキングやショーツ。プレイとして楽しむのはまだなんとか理解できるものの、どうしてそれが路上で風に揺られているのか

*4:人間製ぽい

*5:あまりいい表現ではないと思うけれど、ユリちゃんはすごくかわいい鬼っぽい感じがあります

*6:ユリちゃんではない人に