お腹だけが無性に気掛かり

病院の処置室でしばらく待機していなさいと指示を受け、お腹が冷えてしまいそうなヒラヒラの服で放置される。なによりもお腹の急降下が気に掛かる。
朝から着ていた服は脱ぎ、カゴの中にまとめてある。もう少ししたら違う部屋に行き、消毒してもらうとの指示あり。
たいして見るもののない窓の外を眺めると、白い壁だけがやけにくっきりと見えた。
カゴの中で携帯電話がブルブル振動、とりあげると、友達からだった。
心配してかけてきたのか。いい時間つぶしになるなと、通話ボタンを押し、応対する。

「――暑いな――温度が――」
電話の向こうは、ざわざわと騒がしい中にいるらしく、声が聞き取りづらい。
「ありがとありがと、大丈夫だよ」私はとりあえず礼を言う。
「――夏だから仕方ないよ。――もう結構トシとってるから仕方ないよ。とにかく暑いな。溶けそうや」

看護師さんが部屋に入って来て、私は電話を切り上げようとする。するとちいさな声で、「ええよ。話でもしとかんと落ち着かんやろで」そして、私の着ているヒラヒラ服をなんの前置きもなくめくり*1、体にサインペンでつけられた印を見ながら、なにか書類に書きこんでいます。

「――だから、温度が、冷やさないと、少子化――」電話の向こうでは、さっぱり意味の分からないことを話し続ける友達。

すぐそばで私の体に描かれた模様を模写している看護師の指先は、私の着ているヒラヒラの端をつまんで持ち上げている。
その指先は深爪というよりは噛みぐせのよう。私がそこを見ているに気づいた彼女は、「子どもの時からの癖で…」と弱弱しく笑う。
指先から5mmほどもある甘皮部分は赤黒く盛り上がっているところもあり、ちょっとした自傷行為のように見えた。

「――じゃあ、夜な。ガレージ……ごはん……」電話の向こうでなにやらモニョモニョ言いながら友達が話を終えた。どうやら車が熱さもあって故障、ちょっとテンションがあがり、電話でまくしたてていたようだ。気に掛けて電話をくれたと思い、礼を言ったことを取り消したいと願う。そもそも、あんまり病院に電話はかけないのがマナー。
窓から見える、病院の正面入口には日傘が10ほど、あと一つは子ども用の雨傘が見えている。子どもは赤青白の傘をクルクルと回してる。

いまいる部屋の外では、男の子がお母さんに叱られ、その泣き声がこもった音で耳に入ってくる。

看護師さんは模写を終え、作ったような笑顔+会釈で部屋を出ていった。

こんな真夏日に病院にいるのはなんか間違っているような気がするけれど。

さっきから携帯にはエロサイトからのメールばかり届く。auのフィルタの無能さに腹を立てながらメールを一括削除した。

ひどく空気が重い。外の湿度が高いからか。

ドアがノックされた。ドアをノックするのは誰だ?

不思議と気が重かったり、軽かったりしない。すこし楽しみなことも多い。

*1:恥ずかしかった……