テンペラ漁

About fresh seafood "Tenpera" hunting
現在のテンペラ

<略>
スペイン・マヨルカ*1地方、午前四時前。海の男達の朝は早い。まだ暗い夜明けの空の下、太陽が姿を見せる予兆の光と共に、地元の漁師たちが遠浅の海岸に集まってくる。
年のころは十五歳から四十歳ぐらいまで。無駄のない、ほっそりと締まったその肩には、木製のサーフボード状の滑らかに磨かれたものを担いでいる。半裸といっていいその体には、腰の辺りに朱色*2の布が簡単に巻かれているだけである。砂を踏みしめて歩くその足は、力強さを感じさせる。
太陽がその丸い姿をすべて現した瞬間、海面に鮮やかな光が走り、漁師の中のリーダーらしき男が空に向かい「ソイヤサッ、テンペーラッ!エスペランツァッ!*3」と短く叫んだ。その瞬間、横一列に並んだ男達は海へ向かって走り出した。
へたな船外機つきのボートよりも速いスピードで、男達は水面の上をすべるように進む。若い何人かの漁師は、スピードを競うがごとくに、交差しながら沖へ沖へと進んでゆく。
まぶしさに目が痛くなるような太陽の照り返しの中、何人かの男達は海面に黒く光るものを真剣に目をこらして探し、目標を見つけると、背中に大きなしぶきを上げながら急激に方向転換し、微妙なバランスをとりながら一直線に黒く光るものへと向かう。水面下で動く影に向かい、迷いなくその手を力強く差し出し、水の中の黒く光る物体を握り締める。そのまま一気に水上へと引き上げようとする漁師の動きに逆らうように、黒い物体がなにか小さな声をあげ、海の深いところへと逃げようとして、素手でつかむ漁師の手に巻きついたり離れようとしたりと暴れ、漁師のバランスを崩す。しかし、漁師は木製のボードをうまく回転させ、黒い物体の力を逃がして、数分もたたないうちに海の上へと引き上げる。
引き上げたその獲物を、漁師は動きながら片手でキュッとしめ、腰にぶら下げたずだ袋に放り込み、木製のボードを先行していった仲間達の方向に向けてまたスピードを上げる。

<略>
ドミニコ・フェランテ・サンス一族略記
バルディーノ・クロニクル
農相白書1996(印書)

*1:マジョルカという呼称でも知られている

*2:この地方伝統の草木染め

*3:海よテンペラよ希望の光よの意か?