メンバー紹介


病院にいる間、基本的に私は四人部屋に居たのですが、その部屋には精密機器を使っているおじいさんが居たため、かなり厳しく携帯電話の電源は入れてはいけない決まりとなっていました。もしものことがあってはいけないと、決まりを破ったものを密告することが推奨されていました。大人四人が居る病室の中で、夜中にどこかで液晶画面の光が漏れたりでもすると、「ンフン」と誰かが咳払いをし、翌日の午前中に液晶を光らせた人のところに「ルールが守れない場合は退院していただきます」と厳しい顔の看護師さんが現れます。それはまるで(私のイメージの中での)社会主義警察国家(意味がわかってない)でした。
相部屋の初期メンバーは、私・ひげのおじいさん(もうだめな感じ)・太ったおじさん(上の歯が全部なし)・エリートの四人です。
私を除いたあとの三人はかなりおかしな感じの人でした(私から見て)。

ひげのおじいさん

まず、ひげのおじいさん。だいたいうつらうつらして、たまに「フゴッフゴッ」と大きな音を立てるだけで、定期的に機械をチェックする人と、頭にちょっと大きすぎる感じのお団子を結わえたおばあさんが看病していて、おじいさんは口にチューブを突っ込んでいるのにかかわらず、おばあさんはいつもお団子やお菓子をおじいさんの分まで買っていました。私は最初、おばあさんのおじいさんに対するやさしさだと思っていたのですが、どうやら団子おばあさんは意外と厳しい人で、ふと気を許すと独り言が口からこぼれてしまう人だということがわかりました。
カーテン越しに私がエリートと話をしていると、いつもは静かにムシャムシャバリバリとおばあさんがなにかものを食べる音を立てるだけのひげのおじいさんのところから声がしました。
「あーあ。あーあ。これも寝てばっかりで手が焼けるなぁ…」「つまんねぇなぁ…」
けっこう、普通に話をするぐらいの大きさだったので、エリートと私は気づきましたが、あまりにびっくりして、なにも言えずに顔を見合わせました。その直後に私たちのところに来て「お団子、よかったらあの人食べれないのでどうぞ」とやさしい満面の笑みで勧めてくれましたが、どうやらさっき口に出したことは自覚していない様子。その後もたまに恐ろしい内容を口に出すことが何度もあり、ひげのおじいさんが意識があったらかなりブルーだろうと同情していました。だって「ああ、面倒だ面倒だ」「家でゆっくりしたいわ」などと、むき出しの心の叫びは、ただ聞いているだけの私たちの胸にも刺さる内容であったからです。でも、そのおじいさんも一週間ちょっとでもう直る見込みがないということで、自宅近くの病院に転院せねばならなくなり、いなくなってしまいました。



エリート

私の隣にずっといたのが、通称エリート。富士なんとかという大きな会社で、重要な仕事をしているのだと教えてくれました。普段は、母親にパジャマを買ってもらう人が着るような柄のパジャマ*1を着て、なぜかトイレで履くような底が木のサンダルをカンカンうるさく鳴らしながら歩いているのですが、週に何回か、朝から急にスーツに着替えるのです。
その行為を「リハビリ」と名づけたエリートによると、ずーっとパジャマでだらだらして生活していると、いざ社会復帰しようとした時に大変だから、今からシュミレーションしておくということでした。その気持ちはよく分かるし、その心意気やよしなのですが、やはり、病室でいきなりひげをそり、財布にお金を入れ、髪の毛を梳かし、靴を磨いてカバンを持ち、私に向かって「行ってきます」と部屋を出て行くその姿は、明らかにちょっと壊れてしまった人のものでした。一回出て行くと、三時間ぐらい帰ってこないので、私は口には出さないものの、今日こそは帰ってこないのじゃないかとヒヤヒヤしていました。
一度、好奇心でいったいエリートは病院のどこに仕事に行くのかと、エリートに探偵気分でついていったことがありました。
中庭に出て、携帯電話を持ち、「お世話になります」と仕事の打ち合わせっぽい会話を始めたのですが、明らかに相手がいないのがよく分かり(演技力が下手なので)なんだか悲しくて胸がつぶれそうになりました。
そのエリートは私や同室の患者さんにはとても礼儀正しいのですが、お見舞いに来てくれる母親に対してはかなり強い態度で接していました。「ウルサイ」「もう、なにやってもどんくさいんだからな」「ウザイ」などと、大人とは思えないような勢いで、大人に内弁慶な態度を見せられると、なんだか落ち着かない気持ちになるのかと知りました。鬼のような叱責を飛ばした顔を私のほうに向けるときは、一瞬で優しい表情で丁寧なのです。
そんな態度になるのも仕方がなかったのかもしれません。後から分かったのですが、かなり強い副作用がある薬で進行を遅らしていたから、毎日相当なストレスが体にかかっていたようです。歩くことができなくなったぐらいに個室に移ってしまいました。



太ったおじさん(上の歯が全部なし)

まあるい顔をした太ったおじさん。大体の時間寝ていて、いびきが大きいときがある。やさしい顔をしているけど、ほとんど話をせずに、起きているときもにこにこ頷くだけ。一度もお見舞いに来る人がいませんでした。話をしないから、どうして話をしないのかが分からないまま。おならもよくしていました。月明かりの夜、半透明のカーテンに映ったおじさんのシルエットは、なだらかな山のようでゆったりと呼吸により上下しており、私はそれを見る度に橋本*2のことを思い出していました。


最初に配属された場所では、なかなかいい人材を見つけることができなかった私は、病院の中で同世代を探し始めました。

*1:ちょっとシマムラチックなもの

*2:プロレスラー