熱プロ

仕事中、熱が出る気配がした。しかし、私は熱にかなりなれている。だから微塵も動揺しなかった。1ヶ月に1回は高熱を出しているぐらい熱に対してはよく分かっている。今回だって、熱のきざしを早めに発見することができた。
まず最初に、背中のあたりが涼しくなる。ゾワっと悪寒がし始め、着ている服と、自分の肌との間にある空間およびそこに溜まっている空気の流れにすら敏感になる。次に両膝・腰などのきしむように痛みを感じだす。骨と骨の間にある、スムーズに動くための滑膜(あくまでイメージ。車にさしてあるオイルとベアリングのような潤滑に運動させるための物)が足らなくてギリギリと音を立てる感じ。そこから発熱を未然に防ぐための試みがはじまる。
普段だったらすこしぐらいしんどくても無理をして、無理をしてがんばっている自分の姿を自分だけで「偉いなぁお前」と賞賛しながら仕事をするのだけれども、高熱の予感だけは別で、何度も、とても厳しい失敗をした*1ことにより「結局は大事になって迷惑をかける前に小迷惑をかけて状況説明」を出来るようになったので、素直に状況を説明して急いで帰宅する。
まず、うがい。イソジンを、製薬会社が指定した濃度よりも濃いめに注ぎ、喉の奥になるべく長い間とどまるように「グルルルル」とイソジンウォーターを回す(喉の奥で声を出して水を人力水車っぽく回すこの行為のことをなんと呼べばいいのか私は知らない)。そして、みかん、はっさく、グレープフルーツ、リンゴ、キウイなどのビタミンを多く含んでいそうな果物を貪欲に求める。そして、熱はきっと出ない(出したくない)けれど、もしかして/念のためにスポーツドリンク(ポカリスウェット、ゲータレードなどの飲み物の中で、なるべく味がついていない物)と冷えピタシートを準備。アイスクリームとネギ、ショウガ、うどんもあるといい。熱があってぐったりしたときは「うどんぐらいしか食べる気がしない」という日本語表現がすごく気持ちをぴったりと表す言葉だなと実感でき、その一節を書いた人はすごいなとぼんやり思う。

しかし、今回は発熱を未然に防ぐ試みがあっさりと敗れ、うがいを二回、みかんを一個食べたところでもう熱が出始めてしまった。作戦が失敗したのだから当然だが、発熱防止策が失敗したときのいやな感じは本当に気持ちがぐっと下がる。私は熱を出しなれているので「あ、今37度通過、あ、今38度通過」というのが自分の中にある寒気を観測する目盛りと関節の痛み、微妙に口腔内にできる違和感(なにか膜ができるような……)によって分かる。なんの役に立つわけでもないけれど。こうして自分の体温を熟練の職人のように詳細に把握しながらも、もう一方で、最後の抵抗を試みる。
「熱を計らない」という作戦をとる。体温計で熱を計ると、その時点でひとつの「発熱した自分」が完成してしまうので、なんとかその前の状態をキープして、体の中にある免疫機能・自律神経もろもろ(あくまでイメージ)の働きに期待する。これは外で仕事をしているときにかなり有効な作戦だ。たぶん(外で気が張っている)ということば同様だと思う。子どもじみた抵抗であるということは分かっているけれど、とにかくやるんだよ……。
うがい/フルーツ/まだ発熱していないよ自己暗示の三本柱で立ち向かったものの、今回はすべて二時間ほどで完全に敗北。まず目の前がグラングランと、まるでホラー映画でカメラを揺らした効果を使うように左右に振れる。普通に明るいはずの部屋が白と黒に明滅して、鳴っていないはずの音が耳の中にウワンウワンと鳴り響き始めました。「ああ、耳鳴りってこんなんだったなぁ、安っぽい特殊効果みたい」とぼんやり考えながら、部屋のソファーでダラーっと寝ころんでなにもする気が起きない。もちろんしんどさが始まった時点で、暖かい格好をして、さっさと横になった方がいい、甘えるな自分ということは重々わかった上での「だらけ」が発生。ふと気づくと、独り言で「がんばれがんばれ」と呟いている自分に気づいて、ああ、まずいなぁと思う。外を見ると、もう真っ青の空。とてもいい天気で、なんだか気が遠くなってきた。晴れた空、白い雲……

つづく。

*1:自分で本当に痛い目に遭ってようやく学習