退屈なんかしたことなかった


家から職場までの通勤時間は車で約二十分ほど。その間にはいつもCDで音楽を聴くか、ヘッドセットを使用して携帯で通話するのがいつものパターンです*1。しかし、CDプレーヤーの読み取りセンサーが、経年劣化からかもう音楽を読み取るのは疲れたよ……と言わんばかりに故障。レンズクリーナーを何度か使っても、プレーヤーの奥の方で「キュキュ」と頑張っている音をアリバイ気味に発するばかりで何度も何度もCDを吐き出し、いっこうに音楽は始まりそうな気配がありません。もう修理に出すか、FMトランスミッター付きのMP3プレーヤーを買うしかないなと考えて色々とインターネットや電気屋さんで調べているうち、いつのまにかMP3プレーヤー本体ではなくトランスミッターのことばかり考えるようになり、トランスミッターマニアになりました。そんな誰も踏み出そうとはしない荒野に立ちつくしたまま(トランスミッター……とつぶやきながら)ダラダラと二ヶ月ほど経過。いつのまにか音楽がなくてもそれほど飢餓感を感じなくなっている自分に気がつきました。あまりうまい言い回しではないですが*2『No MUSIC の LIFE』です。「年を取るにつれ、段々と音楽を聴かなくなるようになる」というのは自分にはあてはまらないと思っていたのですが、そうでもないのでしょうか。
(FMトランスミッターというのは、ipodなどに入っている音楽を電波に変えて車のスピーカーで再生するための機械)





私が今の職場で働きはじめて一年ほど経ちました。新しい仕事の開始とあわせて、どうしてなのか友達や知り合いと連絡を全く取らなく*3なりました。勤務時間や休日が他の人とずれている、慣れないことを始めたので疲れやすかったなど、適当に理由を見つくろうことはできますが、これといって自分自身でピンとくるものがありません。突然にそうなったとしか言いようがないので、自分でも戸惑っている部分を抱えたまま過ごしています。
年を重ねるに従って、音楽に対しての興味がちいさくなるのと同じように自分の世界がだんだんと閉じていくのはこんなものかな……と感じながらも、自分にとって決してプラスの現象ではないのだけれど、普段の生活に支障をきたしているという感触はないため、とりあえずなにもしていません。ただすこしさびしいような気持ちになるだけです。
仕事にはもうすっかり慣れ、大きな出来事もなく淡々と毎日は巡りあっという間に一年が過ぎてゆきました。職場の同僚と唐突にどっさり降る雪や寒さについてくる日もくる日も「まだまだ寒いね」「あったかなってきたね」と話をして、子どものいる人がうれしそうにしてくれる家庭の話を聞き、配偶者特別控除についてうろ覚えで説明してみたりと、人とのコミュニケーションに関しては以前よりも距離感などをあまり測らずに、柔らかく接するようになりました*4



こちらから連絡を取らないにもかかわらず、とても古くから付き合いがある友達の一人は、私が返信をしなくてもずっと連絡をくれます。その内容は「誰々が結婚しました」「あの子が転勤になった」「子どもを産みました」「アドレスを変えました」「離婚をしました」などの節目の出来事の情報。その連絡を目にして、ああ、よかったな。うまくいくといいな……みんな急に結婚しすぎ……と思いながらも返信をできないまま「義理を欠くにもほどがあるから、今週末には簡単な返事だけでも出しておこう」と思いながらそのやろうと思う期日を延ばし延ばしにして、「時間がたちすぎて時期を逸したから……」と自分に対してエクスキューズしながらなんとなく流れて現在に至ります。
まったく返信がないのにずっと連絡をくれる相手に対して、本当にありがとうという気持ちと罪悪感を同時に感じ、感謝の気持ちを伝えたいと思いながらも「取り掛かれないitself」にやられてなかなか行動に移せません。


Sleepy blue Eye


昨日の続きをずっと繰り返しているような毎日*5を過ごしている中の昨日、車の中で恒例のCDの再生ボタンを押して何度も再生を拒絶されるという儀式にも似た一連の動作を終えた後、なんの気なしにラジオでもどんなもんかなとスイッチを入れると、FMの帯域からマイケル・ジャクソンのWill I Amのヘンテコリミックス*6が曲の途中から流れ、「微妙すぎるな……」と再確認すると、その曲から強引につなげるように、ずっと昔に聴いたような聴いてないような曲が流れ出しました。昔っぽいシンセサイザー風の音、やる気のないボーカル。なんとも表現しづらいさみしい感じ。
ラジオをつけた時には、曲を紹介をする喋りの部分は終わっていたので、これ誰だっけ……ヒューマン・リーグ*7じゃなくってミュート・レーベルの誰か*8だったっけ……ZTT*9?と考えながら、曲が終わるまでに歌詞と声から誰のどんな歌なのか分かるはずだと一生懸命に灰色の脳細胞を低速フル回転。なんとなく、イメージはオレンジで、ディーボみたいな帽子……たぶん二人で……エレポップだからゲイかな……?という薄ぼんやりとした連想だけが浮かんできました。


"ビーイン・ボーリン""ナインティーン・セブンティズ""トゥーマッチ・フォー・ファインアワセルブ" なんとなく聞き覚えがありました。歌詞なんて1パーセントも気にせずに聴いていた時、ボーリングでピンがフォーリンダウン、ナインティセブンティ?などと適当に想像して、ただ音のフワフワした、力の抜けた感じが好きだった事を思い出した。
ペットショップボーイズだ!なんとなく夜中にテレビでプロモーションビデオを見た記憶があります。その時は「boring」って球に指を入れてピンを倒すアレじゃないんだななるほどこれでしっかり記憶できた勉強になったなと強く印象に残っていたことが頭の奥からよみがえる。そういえばビデオを見るたびに「これは退屈の意味のボーリングなんだよなboringとかmourningとか同じような言葉で意味が全然違うのなんか面白いよな」とパブロフの犬みたいに毎回思っていました。

自分の出した答えに確信を持ちつつ、キッチリ正解かどうかすぐに確かめたかったけれど、ラジオからは曲が終わった後のコメントはなにもなく、「なんとかバリアを先頭に五キロの渋滞。新名神亀山ジャンクションから下りが速度規制」だとかなんとか高いトーンの声で道路の話しかしてくれませんでした。そんなモヤモヤした気持ちを抱えたまま、新名神め君のせいで恩恵どころか渋滞になったりするんだよねこちらは……と心の中で毒を吐きながら職場に到着、パソコンで検索するわけにもいかない部署だったので、ぼんやりと時折メロディを思い出しながら仕事をしていました。


夜遅く家に帰り着きご飯を食べ風呂から上がりパソコンを立ち上げながら髪の毛を乾かすといういつもの一連の行為の後、Googleで"being boring"を検索したらペットショップボーイズで正解。ちいさくひとりきりの部屋でガッツポーズ。そうだろうそうだろうと曲を聴きながら、昔はほとんど気にしていなかった歌詞に興味を持ち調べてみると、私が思っていたのとはずいぶん違うさみしいようなかなしいような内容でした。
"Being Boring"というタイトルの言葉の引用元*10などを気にせずに、自分勝手に感じ取った部分だけを記します(訳じゃないよ)。*11


Pet Shop Boys - "Being Boring" Download from here

僕らはそのうち時間切れになるなんて思いもしなかった
そしてケンカしたり仲直りしたり
そんな時間に終わりがくるなんて思い悩んだりもしなかった
僕らは退屈したことなんかなかった
今はどうしてこんな所にいるんだろう?って思うような場所で
知らない人に囲まれて座ってる 借り物の部屋
僕がキスした人たち 何人かはもう見失って二度と会えない
ずっとそばにいてくれるような気がしていたけれど……
友達は振り返ったらいつもそこにいるものだと思ってた

Discography: The Complete Singles CollectionDiscography: The Complete Singles Collection
Pet Shop Boys

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dan


時間がたつと人間は記憶をすこしずつ自分の都合のいいように改変してしまうもので、曲を何度も聴きながら、自分のした悪行は忘れて、昔にあったことをただ懐かしくて愛しむような感傷的な気持ちになりました。そういう風に「昔は楽しかったな、良かったなもう戻れないな」と発言する人を目にするたびに、「そんなに昔はいいものじゃなかったはずだよいろいろ大変な面倒くさい出来事も多かったろうし……」とケチをつけるような気持ちで考えていたのですが、どちらかといえば退屈側の人間だったかどうかなど自己分析せずに、好きな切ない歌に自分の思いや記憶を仮託しました。いったんそう考えたからには、これから「昔は良かったと主張する人」のカテゴリーに足を突っ込んだことになるのかもしれませんがそれでもまあいいやと、なんだか面倒くさいことをちょっと考えたりしながらしみじみとしていました。


昔は、時間が過ぎて友達や知人と会わなくなってもなんとなくゆるく繋がっていて、そのうちにどこかでまたひょっこり会ったり消息を聞けるような気持ちでいたような気がします。でも実際には、私の周りでも数人は死に、電話をしてなにかの勧誘かと疑われながら消息を調べようとしたら分かるかもしれない幾人かについては、たぶん調べることは決してないままにこれから人生を過ごしていくのでしょう。


今日書いた文章は、車のCDプレーヤーが故障したので、MP3プレーヤーとトランスミッターがどうしてもほしいけれど、考えているうちにどの機種や機能が自分にとって必要なのか分からなくなってきて、気づいたらカナル式の高級イヤフォンや、価格ドットコムをうつろな気分で閲覧している今日この頃MP3プレーヤーが欲しいよ欲しいよ日記を書くつもりだったのですが、ふと気づいたらとりとめのなさでは一級品な感じになっていました。



いまんとこはまあ、そんな感じなんだ。




ギズモ


YouTubeの映像"Being Boring" PV監督はブルース・ウェーバー
Pet Shop Boys - Being Boring

*1:その姿を外部から見て奇妙に見えるかどうかという考えからはもう卒業しました。奇妙に思わせてやろう!

*2:満足げな表情で

*3:取れなく?

*4:平たくいうと丸くなった。前だったら、「ぬるいな面倒くさいな……」と思っていたことも自然に許容できるように変化してきました

*5:退屈でしかたがないという意味ではなく、起伏がなく淡々としている

*6:http://jp.youtube.com/watch?v=7z8OVOaux5E

*7:低いボエーッとした男性ボーカルの後ろで、モデル風の女性バックボーカルが二人いる、素敵なんだか奇妙なんだか判断に困るユニット Human League "Don't You Want Me" ..Baby?" http://jp.youtube.com/watch?v=arUqoKjU3D4

*8:Depeche Mode - Enjoy The Silence http://jp.youtube.com/watch?v=FqzpDr7pOJk ニッツアーエブとかヤズーとかイレイジャー

*9:トレヴァー・ホーン

*10:ゼルダフィッツジェラルド

*11:オリジナルの歌詞はこちら→Lyrics. Information (p. 21) – 10 years of Being Boring.