人が死んじゃうと心からうれしそうに笑うおじいさん

ナチグロン

1.那智黒を笑顔で渡されるの巻


どこまで縦列駐車で詰め込めるのか挑戦しているような狭い駐車場しかない、すきま風がガンガン入り込んでくるクレーン教習所の二階は暖房が効きすぎで、手元にテキストも何もなくすることも思い当たらないので窓から見える伊勢湾の景色をこれはいい景色なのかただなにもない地平線っていうだけなんだろうかわかんないなとぼんやり眺めながらウトウトしていると、私のすぐ横に近づくときに音も立てずちょこんと立っていたおじいさんが「最初から眠っていてはなにも身につきませんよ」とやさしい口調ながら威圧感満載の調子で小さな声で囁いた。


講習始まらないな…… そもそも講師も遅れているし、「ここからは(限界まで挑戦した縦列駐車のせいで)出られないので、お弁当を注文していただかないとお昼ご飯抜きになります!おなかが空いたまま一日を過ごさねばなりませんよ!」とヒステリックに弁当の注文を取るおばちゃんに、しょうがねえなぁといった雰囲気を漂わせたニッカボッカ(鳶職のお兄ちゃんが履いている太もも部分がブッカブカのアレ)部隊が列を作っている。


弁当の注文取りが終わると、開始時刻からはすでに十分ほど超過。「今日は長くなるんだろうなダラダラと……」と憂鬱な気分になりかけていたころ、私の横に静かに立っていた腰のまがったおじいちゃんはかなりのスピードで教卓に向かってずんずん進んでゆく。




「アタシが一応ここの長ってことで、まあ最初に挨拶するんですがね、まあ、ここの講習は資格を取らすためにやるもんで、まあこっちもそのつもりでやるんですが、するってえと、ずっと眠ったままのヤカラもカンタンに取れるってことになる、それだとまじめに眠い目をこすって慣れない勉強をするほうの人間が割を食うことになりますな。それはうまくない。だからある程度キチンと話を聞かない人間には資格が取れないようにとお上が改正っていうか、おたくさんたちにとっては改悪になるってことですか」



いきなり聞きなれない微妙な訛りの落語的な話が始まり、「最近はここらも国際的になりまして、異国の方や障害のある方でもやる気があればなんでもできる!ってアントニオ猪木じゃないですが、それでもなかなか大変なことであるのは考えたら分かることで、そばにいる人はサポートしてあげてくださいね。まわりまわっていつか誰かに助けてもらえるかもしれませんし」



確かに外国の人まあまあいるよね……と周りを見てみると、そばに目がクリクリとした褐色の、頭の上におにぎりの海苔を乗せたみたいな髪型の太っちょのお兄ちゃんと視線が合い、いい年をしてそんなに澄んだ目をしなくてもいいのにと思うぐらいのうるんだ瞳で見つめられ、あいまいに笑うと、急にあせった調子でカバンから飴をひとつ差し出してきたので、戸惑いながらも受け取ると、その日にもらう数十個の飴玉の最初の一個になった。そのアメは那智黒という黒糖黒飴で、なんで外国人なのに那智黒なんだろう……という、どうでもいいけどなにか腑に落ちない気持ちになった。