からす町までサンパウロから

カラス

〜人が死んじゃうと心からうれしそうに笑うおじいさん〜

クレーン講習は効き過ぎの暖房の熱気の中、座学から始まりました。

講習に来ているのは、明らかにトビ職の兄ちゃん(ニッカボッカ&タオル)、なぜその年齢から取得するんだろうとおもうぐらいのおじいちゃん(70過ぎぐらい)、そして聴力障害者のお兄ちゃんwith手話ボランティアのおばちゃん2人、あとは普通の現場の人たちという構成でした。

私の近くには、明らかに日本人じゃない人が三人ほど座っており、休み時間に話したところ、ボリビア×2、ブラジル×1という構成でした。ブラジルの兄ちゃんは日本語を聞き取るのはなんの問題もないのですが、テキストの字を読んだり、講師のおじいちゃんがホワイトボードに書く達筆の文字が読めないようで「アレナンデシュカ」「ナンテカイテアリマスウカ」と右後方から私の腕を何度もつつきながら、長い座学の間、ときおり舟をこぎながら受講していました。ワカリマウスカという言葉が頭の中にぺったりと貼りつくぐらいに繰り返し発語され、ワカリマウスカってギリシャかイタリアっぽくて面白いな……と思った事も忘れるぐらいに色々な言葉を雑に解説しました。


とにかく駐車場が狭い場所で、朝一番に車を駐車したら、その日の授業がすべて終わるまで一歩も動けないぐらいの陸の孤島でした。
受講している建物の窓から遠くを眺めても、さびた巨大なクレーン、鉄工所、扇状地みたいな砂浜が広がる寒々とした土地でした。ブラジルのお兄ちゃんは休憩ののたびに私のそばに来て、人懐っこい顔で笑いながら飴(主に那智黒)を舐めてばかりいました。


ブラジルのお兄ちゃん、アレー君は八年前にサンパウロから久居市に「ボシュウをずっとされてきていたので」やってきて、からす町の工場で働いていると語りました。日本に来る前は、きっと日本はすごく進んでいて都会なんだろうと思っていたけれど、久居とか「からす町」はサンパウロから比べるとめちゃめちゃ田舎で、友達も優しい人も店もあんまりなくて来たばかりの頃は泣いてばかり、エンエーンだね。と思い出を語りながら、自分は正社員で、こうして資格を取りにこさせてもらっているのでまだいいけど、最近の不況で給料も周りの人もメチャクチャになってる。でもサンパウロに戻っても怖いので嫌だ。というので、なんで怖いのかたずねたら、やさしげなアレー君が深淵をぱっくり開いて見せてくれました。


サンパウロではよく泥棒とか強盗とかピストルパンパンとか車で轢くのがよくあるし、学校に行っていたとき、小学生のときはまだいいけど、中学生ぐらいで友達がギャングになったり、なぐり屋になったり、急にいなくなったりする。僕はでかかった(アレー君はかなり巨躯)のでまだましだったけど、気が弱いやつはやられる。やられていなくなる。
卒業して働いても、家の近所でマトモに働いていたらしごとのない友達がいつもご飯食べに来るし、その友達がギャング。頭のいい子はギャングとか嫌な人がいない場所で仕事をして暮らすけど、そんな人はほとんどいない。

「ゼ、みたいな人いる?シティ・オブ・ゴッドみたいやな!」とちょっと興奮して私が言ってもアレー君キョトン。私の知っているサッカーの話題や音楽の話題、CSSやセパトゥラなどの話題も通じませんでした。そういうのはお金持ちの人とか、ダンスとかギャングの人たちしか知らないいヨーと笑顔で回答。よくブラジルの事知ってるねエと感心され、ボサノバの話題も一ミリも通じず。シュラスコ(肉を串にぶっ刺して食べるもの)の話をすると、「よく腐っているやつを食べておなか壊した。祭りのときにわけのわからない肉が出る」などと、アガる話題が出てくる気配はまったくありません。
好きなものは会社の同僚のおじさんがしてくれる話で、シンハービールを毎日一缶飲むのが楽しみ。久居のインターチェンジ近くから、からす町、カアカアなくからす町、なんにもないからす町に毎日仕事に行っているよ。と無味乾燥な生活を本当にやさしい笑顔で話してくれました。


「ブラジル帰りたい?」という言ってからまずいこと聞いたかな?と不安になった私の質問にも、どんなことがあっても、おばあちゃんたちに会いに帰りたいけれど、ブラジルには住みたくない。日本から追い出されたくないなぁ…… とそれほど悲壮感も漂わせずに話していました。


またね元気でね、プップッと車のクラクションを鳴らして久居に帰っていったアレー君、乗っていた中古のバンの後ろにロックンロールとカッティングシートで貼ってありました。ロックンロールから遠すぎるよアレー君。人一倍「周囲 ヨシ!」を言い過ぎて指導官のしぶい顔に刻まれた皺が二倍三倍になるほどでしたが、あまりの人の良さにそれでもなんとか許され、笑顔の大事さを感じました。

笑うおじいさんの話はまだ出てきません。そのうち。



こんなところ

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